背景美術 ★★★★★
主題歌 ★★★★★
切なさ MAX
結論:小田急線沿いに住みたくなる映画。
2007年 日本
監督:新海誠
アフレコ演出:三ツ矢雄二
そうやって いつかまた一緒に桜を見ることができると、私も彼も、何の迷いもなくそう思っていた──
第一話:桜花抄(おうかしょう)
■貴樹(たかき)(演:水橋研二)
小学校6年生。転勤族の両親を持ち、東京へも1年前に引っ越してきた。体が弱く、外で遊ぶよりも図書館にいることが多い。そのことがきっかけで明里と仲良くなる。
■明里(あかり)(演:近藤良美)
貴樹が転校してきてから1年後に、同じクラスに転校してきた少女。冒頭の桜の花びらが舞い落ちる速度の話など、科学的な話で貴樹と気が合う。いつも二人でいることをクラスメイトに冷やかされつつも、貴樹と特別な想いで繋がっていたが・・・
■ストーリー
中学1年生の冬。13歳の貴樹が、卒業と共に遠く離れてしまった明里に会いにいくまでの話で、貴樹の初恋の始まりと終焉を描いた物語の第1話。
冒頭の会話だけで、二人が幼馴染でも友達同士でもなく、強く想いあっていることがわかる。この作りが素晴らしい。二人を演じている水橋研二さんと近藤良美さんは声優初挑戦だが、初々しくも互いの思いに真剣な13歳という感性を見事に演じきっている。
■タイトルについて
桜花抄というタイトルはおそらく、「桜守」とよばれサクラの保存活動を行っていた佐野藤右衛門という方が、桜について書いた本のタイトルからとられているのではないかと思われる。ちなみに抄(しょう)とは「長い文章などの一部を書き出すこと」という意味があるらしいので、貴樹の長い人生の中で、桜の思い出=明里の部分のみを描いた物語・・・という意味もかけているのかもしれない。
第二話:コスモナウト
■遠野貴樹
種子島へ引越し、高校三年生になっている。誰にでも穏やかで優しいが、周囲からは本心が読めないと思われている。たびたび携帯からメールで文章を綴るも、そのメールが送信されたことはない。東京の大学を受験すると決めている。
■花苗(かなえ)(演:花村玲美)
中学二年の時に転校してきた貴樹を恋い慕う。その想いは非常に強く、貴樹と一緒の高校を受験する為に猛勉強するほど。だが、高校3年間未だ一度も想いを伝える事が出来ずにいることや将来への不安もあり、趣味のサーフィンでは波に乗れないというスランプに陥っている。
■ストーリー
第二話は、貴樹に片思いしている花苗の視点で描かれる。
第一話が東京の小田急線沿い(参宮橋駅周辺)の美しい春の描写と、冬の栃木までの駅路が中心だったのに対し、第二話では10月・・・鹿児島の夏の終わりに近い時期を描いた作品となっている。また、種子島宇宙センターから打ち上げられる宇宙探査機ロケット「エリシュ」など、宇宙を絡めた表現が多い。(貴樹の空想シーンで「ほしのこえ」を髣髴とさせる幻想的な宇宙空間のような光景が描かれている)
■タイトルについて
タイトルのコスモナウト(cosmonaut)は旧ソ連、及びロシアの宇宙飛行士のこと。また宇宙探査機の「エリシュ」は、恐らくバビロニアの世界創造神話「エヌマ・エリシュ」からではないだろうか(「そのとき上に」という意味から、遥か天空を目指すロケットに名づけたのだと思われる)
第三話:秒速5センチメートル
■貴樹
東京の大学を卒業しシステムエンジニアとして就職。社会人となっている。「高み」を目指しがむしゃらにひたすら働き続けていたが、暮らしぶりは荒んでおり、ある日自身の限界を悟り会社を辞めてしまう。
■水野理沙(演:水野理沙)
貴樹が3年間付き合っていた女性。本編ではメール越しに別れを伝えるなど出番は極端に少ないが、小説、及び漫画版で貴樹との出会いなど詳細が綴られる。因みに演者の水野さんと同名のキャラだが、水野さんは「雲の向こう、約束の場所」に登場した笠原真希を演じている。
■明里(演:尾上綾華)
演者は1話と変わっている。
結婚を控えた婚約者がおり、東京に戻ってきているようだが・・・。
■ストーリー
貴樹の初恋の終焉が描かる第三話。既に社会人となった貴樹の生活が描かれ、新宿副都心の風景を中心に描かれる。第一話で流れる東京の街並みが色鮮やかな色彩だったのに対し、第三話で流れる副都心の高層ビルや空は、灰色にくすんで描かれている。
貴樹と明里、二人の台詞が交差し、その後は登場人物のセリフは一切無いまま、山崎まさよしの「One more time, One more chance」をバックに、会わない間に明里がどのように過ごしていたかや、登場人物たちのその後が断片的に語られるのみとなっている。山崎まさよしMADではない。
貴樹の感情とシンクロした歌詞と山崎まさよしさんの力強くも優しい歌声に、思わず涙腺が緩むこと必死。
綿密な背景描写
新海監督といえばSF描写が特徴でしたが、この映画では夕陽が差し込む学校の机、春の暖かな日差しの中で散っていく桜、見慣れた駅、学校帰りに立ち寄るコンビニといった、私たちが普段目にしているあたりまえの「日常」を美しく切り取った背景描写が特徴。単に美麗なだけではなく、一つ一つのシーンに登場人物たちが生きている時間の流れを感じさせてくれる。
キャスト陣の好演
貴樹役の俳優・水橋研二さんは、私が知る限りアニメで声優としての作品はこの作品のみであり、演じた当時は30代だったにも関わらず、初挑戦にして12~13歳という少年時代、高校3年の青年時代、そして社会人という3つの時系列を見事に演じ分けている。
強烈な個性があるわけでなく、激しく感情をぶつけるシーンもない。あくまで初恋を思い出にすることができない、好きという気持ちを風化させる事ができないという、恋愛のままならぬ部分に揺り動かされている貴樹の感情を、台詞の言い方じゃなく空気感だけで視聴者に伝えられるというのは、凄いことだと思う。これは水橋さんだけではなく、少女時代の明里を演じた近藤さんにもいえる。
誰もが持つ初恋の儚さの記憶
この映画はさして大仰な出来事が起こるわけでなく、親の転勤というごく当たり前の別離を経て、時間と物理的な距離に「好き」という気持ちがどんどん引き離されていく過程を描いている。
誰しもが経験するような、大人になってから思うと他愛ない、あの頃は純粋だったなと言って終わる子供の頃の、ただ相手が好きというそれが全ての「初恋」の熱情。だが大抵、その熱情は保ち付ける事ができない。
貴樹も一見するとずっと明里を思い続けているように見えるが、中学、高校と時間を経て、その思いが自分の中で風化してきていることも自覚する。だが心のどこかで忘れることは出来ず、花苗や理沙と本当に向き合うことも出来なかった。
彼の中で、「好き」と互いに言わずとも通じる事ができた明里の存在は大きすぎたのかもしれない。
が、ラストシーンの踏み切りで、向こう側にいる彼女はこちらを振り向かなかった。かつての想い人と再会してハッピーエンド・・・という恋愛漫画のような展開ではなく、現実と同じように、初恋が思い出となったエンディング。
この切なさと痛みが、この映画の一番の見所といえるのかもしれない。
~こんな人にはオススメできません~
■シンクロしすぎてツラい人
貴樹とシンクロしすぎると視聴がほんとに辛くなる。気をつけよう。
最後に
この映画を見て同じ経験に胸を刺されるか、それともこんな恋愛したかったと絶望するかはその人次第。
因みに自分は最初見た時に「夏休みとか冬休みとか、会おうと思えば会えるだろ!?諦めんなよ!もっと熱くなれよぉぉ!!」みたいなことを思っていたので、とことん恋愛をテーマにした映画は向いていないなと思いましたが、今見ると、「人を好きになるのは理屈じゃないし、以前と同じ想いではなくとも、忘れるなんてことは出来ないよなあ・・・」という気持ちになりました。
やはり時間は、人の想いを変えるようです。
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