ストーリー ★★★★★
世界観 ★★★★
クリーチャーデザイン グロテスク
結論:手の目オバケがトラウマもの!
原題:El laberinto del fauno
2007年
メキシコ・スペイン・アメリカ
監督:ギレルモ・デル・トロ
1944年。内戦終結後のスペインでは、新たに生まれた独裁政権と山にこもったゲリラが激戦を繰り広げていた。そんな中、独裁政権軍の大尉の妻となった母親と共に、山奥の要塞に連れて来られた少女・オフェリアは、そこで1匹の妖精と出会う──
※ストーリーに関するネタバレあり。未視聴の方はご注意!※
/主要人物/
■オフェリア(吹:宇山玲加)
童話好きな少女。12歳。
内戦で父親を亡くし、新たな父親となる大尉の元で暮らすことになる。儚げな少女に見えるが、泥だらけになることを厭わなかったり虫を素手で掴めたりと、意外に度胸があるような気もする。
■カルメン(吹:瀬尾恵子)
オフェリアの母親。
お腹の中に大尉の子供がいる。身重の体で連れて来られたこともあり、心身共に衰弱していて、大尉に依存気味。中盤、男の子を出産し命を落とす。
■ヴィダル大尉(吹:諸角憲一)
カルメンを娶った大尉。
森に囲まれた要塞で指揮をとっている。僅かな証拠からスパイの正体を見抜く洞察力と、スパイを容赦なく拷問する残虐性を持ち合わせた軍人で、身重のオフェリアの母よりも、生まれてくる自分の息子の身を最優先にしており、妻やオフェリアに愛情があるわけではない。だが彼もまた、父親と何らかの確執があったことも匂わせている。
■メルセデス(吹:塩田朋子)
大尉の側近の女性だが、実はゲリラのスパイ。物語冒頭でオフェリアに素性を察せられてしまうが、自身に信頼を寄せるオフェリアと徐々に絆を深めていき、彼女の姉の様な存在となる。
■Dr.フェレイロ(吹:伊藤和晃)
大尉の下で働く医者。だが彼もメルセデス同様ゲリラと通じている。中盤、自身の素性が大尉にバレた際「何も考えずにただ従うなんて、アンタのような男にしか出来んよ」という強烈な皮肉を残し、大尉に撃たれ殺されてしまう。
■パン(吹:山口りゅう)
「パンの迷宮」と呼ばれる森の地下で出会った"番人"。オフェリアに「あなたは人間ではない」と、オフェリアが実は月の女神の娘・・・魔法の国の王女の生まれ変わりであることを伝え、彼女を王国に帰すために3つの試練を与える。その後もことあるごとにオフェリアの前に姿を現し、彼女の導き手となる。
ダークファンタジーなストーリー
この映画は、熾烈を極めていく軍とゲリラとの戦争を描いた現実の世界と、妖精や魔物が登場するオフェリアの幻想の世界が交差していくというストーリー。
だが、オフェリアはただの夢みまくりなメルヘン少女・・・というわけではない。むしろ逆に、自分を取りまく現実世界の状況をよく理解しており、メルセデスと医者の一瞬のやりとりで彼女がスパイと気付いたり、にも関わらずメルセデスのことを信頼し、そのことを誰にも告げず、一緒に逃げ出したいと頼み込むシーンもある。
このことから、オフェリアは独裁政権というものをどう捉えていたのか・・・ある意味、大尉に依存することで「通常の生活を続けられる」と妄信していた母親よりも「現実を見ていた」のかもしれない。(また、子供を産むこと=大人の女としての性を嫌悪しているような描写もある)
オフェリア以外には見えないパンの存在や、自身の王女設定などからオフェリアの試練(カエルの化け物など後述するクリーチャーとの遭遇)を描いたパートは、一見すると全てオフェリアの現実逃避=空想の世界だと思えるが、現実世界でも試練の痕跡が残っていたり、見張りがいる部屋から一人で抜け出していたりと、全てをオフェリアの空想と片付けることも出来ないシーンも存在する。
最大の見所・グロテスクなクリーチャーたち!
目の前に現れた一匹の虫(たぶんナナフシ)が、手足と羽がある「妖精」の姿に変化していくCGなど、ファンタジーだがどこかグロテスクな描写が多いデルトロ監督。同監督が脚本を担当した映画「ダーク・フェアリー」にも、西洋でいう歯の妖精(トゥース・フェアリー)が登場するが、こちらのビジュアルもどちらかといえば虫っぽく、悪魔に近い邪悪な存在として描かれている。監督の中では妖精=虫っぽいイメージでもあるのだろうか・・・(というより日本の妖精のイメージがファンシーすぎるだけなのかもしれない)
また、この映画には妖精だけではなく、グロテスクな造形をしたクリーチャーなど様々な幻想世界の住人が登場する。
パン
オフェリアを導く"番人"。
彼(?)は原題の「fauno」=ローマ神話のファウヌスであり、ギリシャ神話では牧羊神と呼ばれる「パン」である。羊と羊飼いを見守る羊の角を持つ神だが、性的で誘惑的な性質を持つ神でもある。(また、混乱を意味する「パニック」の語源でもある)
角を持つという特徴から上記のようなデザインとなっているが、うぃきにもあるように、メリノー種の悪魔(よくみる山羊の悪魔)のイメージも混ざっているように思える。
劇中ではオフェリアを誘う様子から実は悪魔なのか?とも思わせたが、最終的にはオフェリアを王国の王たちと共に出迎える。
また余談だが、冒頭とラストのナレーションはパンの声優が担当している。
ペイルマン
2つ目の試練に登場したクリーチャー。
最初はスイーツてんこもりの豪華な食事が並ぶ食卓で、自分の目玉をお皿に載せたまま座っていた。パンからは「そこにあるものを口にしてはいけない」と忠告されていたが、相手が盲目で動かないのをいいことに葡萄を食べちゃったオフェリアに、何と目玉を手に装着して襲い掛かってくる。
「ペイル(pale)」というのは「青白い・血の気の無い」という意味。(因みに日本の妖怪には、ペイルマンにクリソツの妖怪「手の目」というのがいる)
またこの部屋の壁の絵には、ペイルマンが赤ん坊や小さい子供を殺している様子が描かれており、個人的には、このクリーチャーは、オフェリアが持つ自分の弟への憎しみが無意識に現れたものなのかな?と推測。
実はパンもペイルマンも、中の人は同じ。両方を演じているのはダグ・ジョーンズという男性で、デルトロ監督作品の常連さんでヘルボーイなどにも出演している。うぃきによるとパントマイムをしていたそうなので、パンやペイルマンのあの独特な動き方はそこから生まれたものなのかもしれない。
大尉の時計についての考察
食事中、とある女性から「大尉の父上は優秀な軍人で、自分の死の間際に時計を壊し、自分の死の時刻を息子に知らせた」という噂話を聞いたと言われが、それを聞いた大尉は「父は時計など持っていない」と不自然に答えるシーンがある。
大尉は父親の形見である時計の手入れを熱心に行っているにも関わらず、何故そんなことを言ったのか?
実は劇中では、大尉は鏡に映った自分の首を剃刀で切ろうとするシーンがあり、これは鏡に映った自分を父親と重ねたからではないかと思われる。恐らく大尉は父親に強いコンプレックスがあったのではないだろうか。(序盤でスパイと間違われ殺されてしまう村人の親子も、最初に父親を庇う息子を執拗に撲殺。そして父親は射殺した事から、この親子の様な暖かい関係性が大尉と父には無かったのではないかと推測)
大尉を「何も考えずただ従う人間」にしたのは、もしかしたら父親なのかもしれない。大尉は考えることを放棄し、ただ父の真似事だけをしている。残虐なことも平然と出来てしまう。だが周囲にはそれを悟らせたくない。だから時計が父親のものだとは言っていない・・・。大尉の人間性は父親によって形成された側面が大きいのかも。
~こんな人にはオススメできません~
■グロは一切ダメな人
案外クリーチャーよりも、大尉が切られた自分の口を自分で縫うシーンが一番の恐怖シーンかもしれない。
最後に
メルセデスが、「自分がどう死んだかを息子に伝えてくれ」と追い詰められた大尉に言い放ったセリフ、「いいえあなたの名前も教えない」が最高に格好良くて好きです。ただ大尉のような人間も、親から作られたものかもしれないと思うと、何ともいえない気持ちになります。彼も幻想=自分の理想(この場合はファシズム)の世界を夢見ていて、ゲリラに要塞を殲滅されても、自分の子供に夢を託そうと最後の最後まで自分の幻想世界に閉じこもっていた・・・ある意味、オフェリアと変わらない人間だったのかもしれません。
しかし大尉とは対照的に、最後は微笑んで楽園に旅立ったオフェリア。3つ目の試練で「弟の血を捧げよ」とパンに告げられた際、母を奪われた憎しみを断ち切り、自分を犠牲にしてでも弟を救うことを決断した彼女には、永遠の幸福が約束されました。
そのラストだけは空想ではなく、真実だと思いたいです。
↓ギレルモ製作総指揮!
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