業物語《ワザモノガタリ》
講談社
作者:西尾維新
※ストーリーのあらすじ、及び傷物語のネタバレもあり。未読の方は非推奨です。
物語シリーズの最新刊!「業」というタイトルが物語るように、今回は忍野忍の以前の名。キスショット・アセロラオリオン・ハートアンダーブレード・・・になる更に前の、人間だった頃の彼女のお話が中心です。 一体彼女は、いかにして吸血鬼となったのか・・・?その顛末が描かれます。
目次
うつくし姫
とある国に生まれた、それはそれは美しい姫。その美貌から「うつくし姫」と呼ばれていたお姫様は、「見てくれではなく、もっと内面を見て欲しい」と願います。その願いを叶えるため、魔女は姫に「外見を透明にして、内心の美しさが人に見える」魔法をかけてくれました。その日から、姫の心の美しさを目の当たりにした人間は、余りの美しさに、次々に姫に命を捧げ、あとには死体の山ができました。
まだキスショットという名ではなく、彼女が人間だった頃、そしてローラという名前の貴族のお姫様であった頃のお話。魔女が実は悪いヤツで呪いをかけたんじゃね?とか思ってたら、本当に心の美しさが前面に出ちゃった所為で人が次々に命を捧げてくれるという、とんでもねー話でした。このお話のページ部分だけフォントが違うものになり、本当に童話の様な装飾が施してあるというオマケつき。
そして両親も故郷も亡くしたお姫様は、死んで頭になっただけの魔女の助言に従い、ひとつの所に留まらぬよう、放浪の旅へと出ることになりました。そして彼女は、一人の吸血鬼と出会うことになります。
あせろらボナペティ
決死にして必死にして万死の吸血鬼、デストピア・ヴィルトゥオーゾ・スーサイドマスターは、餓死してしまった。そしてまた生き返った。目覚めた後、眷属トロピカレスクから、スーサイドが餓死したのは、食料としていた王国の国民が、「うつくし姫」という国を滅ぼす姫のせいで全員自殺してしまったせいだということを聞かされる。「目覚めの一食には彼女を喰らう」と心に決めたスーサイドは、姫を見つけに襲い掛かるも、彼女の美しさのせいで、殺そうとすると自殺してしまい、殺す事ができない。何度でも死んで生き返る不死身の吸血鬼は姫を喰らうため一計を案じ、姫を自身の城に住まわせ、共に生活することになる・・・
タイトルのボナペティとはフランス語で「召し上がれ」という意味。だがどんなに召し上がりたくても、悪意や敵意や食欲から姫を殺そうとするヤツは、美しいものに牙を向けた罪悪感で自殺してしまうという脅威の仕様である。
また久々の新キャラクターとして、うつくし姫を喰らおうとする吸血鬼とその眷属が登場する。
デストピア・ヴィルトゥオーゾ・スーサイドマスター
自身の美しさに悩む姫(!)に協力するフリをして、彼女を喰らうチャンスを見つけるため、姫と城で暮らすことにした吸血鬼。ローラに新たに名を与え、そして吸血鬼にした張本人である。自身のことを「俺様」と呼び、眷属には尊大な態度をとるも、自分で殺した人間しか喰わないという流儀があり、それを決して曲げようとしない。しかし他人に自分の流儀は強要しないなどの面もある。
名前の意味
デストピアとはディストピア=理想郷の反対、暗黒卿などと訳される言葉だと思われる。さらにヴィルトゥオーゾとは、
ヴィルトゥオーソとは、演奏の格別な技巧や能力によって達人の域に達した、超一流の演奏家を意味する英語からの借用語。ただし、英語の単語そのものもイタリア語の「達人」を意味する借用語である。イタリア語では達人全般に使われる表現であるが、英語では古典音楽においての借用語であったため楽器演奏の達人として使われるようになった。
という意味。そしてスーサイドとは「自殺者」という意味なので、直訳すると暗黒郷で自殺する達人?のような意味になるのだろうか。
作中ではその名に相応しく、腹が極限まで減っているのに「姫を喰らう」と決めているせいで何度も餓死したり、姫を襲って自殺したりしている。
トロピカレスク・ホームアウェイヴ・ドッグストリングス
スーサイドの眷属の男性。
スーサイドの唯一の奴隷であることを誇りに思っており、何度も餓死しているスーサイドに、何かにつけて自分を食べさせようとする。
名前の意味
トロピカレスクというのが「トロピカル」なのか「ピカレスク」なのかそれとも二つをあわせた造語なのかは不明。トロピカルなら熱帯なので、ピカレスク=社会的には悪者だが人間的には悪者ではい人物を主人公にした小説のジャンル、という意味の方が近いのだろうか。ホームアウェイヴは「ホーム」と「アウェイ」、それともa waveかもしれないが、何の単語なのかよく解らない。最後のドックストリングスというのは、ストリングスが弦楽器の奏者という意味なので、犬の奏者・・・忠実なる僕という意味?なのだろうか。語呂がいい言葉を合わせただけのような気もしなくもないが・・・。
作中では・・・
弱っていくあるじを見かね、うつくし姫に襲い掛かるトロピカレスク。恐らく姫を殺したいというより、結果自殺して死ぬであろう自分の体を、あるじが食べてくれることを期待していたのかも。そして望みどおりに、奴隷として友達として散った命を喰らうスーサイドの姿を見て、うつくし姫は自身のせいで死んでしまった人間を同じように食べたいと望み、「吸血鬼にして欲しい」と頼みます。そして姫の為に、スーサイドもまた、喰らいたいという思いからではなく、姫を救う為にその首筋に牙をつきたてました。
キスショットの名
アセロラ姫に口づけするように人を喰らえという意味を込めてキスショット、元はローラという名前から姫自身が改めた「アセロラ」という名にオリオンを加え、そして日本刀のような美しさを持つその心からハートアンダーブレードという名を与えます。
キスショットの喋り方
キスショットの「儂」という口調も、「かかっ」という笑い方も、全ては人を死に誘う美しさを、口調や仕草を悪ぶることで補おうとする、スーサイドの努力の賜物だったわけです。忍ちゃんが元は、とてつもなく正しく、美しい心の持ち主で、高貴なお嬢様だったというのは驚き!
でも吸血鬼となり美しさの呪いが解けた後も、キスショットがずっと「わし口調」や「凄惨な笑み」を続けているという事は、その喋り方はスーサイドの・・・キスショットの「師匠」のような存在の、唯一の思い出として大事にしている証拠なのかもしれません。
案外「怪異殺し」になったのも、その美しい心、正しい心ゆえだったのかも?でも吸血鬼となったことで、女子高生に「人見知り」と言われちゃうくらいの心にはなったようですが。(実際には、「人を殺す美しさ」をその後どうしたのか、吸血鬼と化したことで魔法が解けたのか、何か解除法を試したのか、定かではありません)
傷物語で暦に助けを求めた時、一度は逃げた暦に対し「ウソじゃろ・・・?」と驚愕していたのは、大昔、誰もが自分に喜んで命を差し出していた記憶を思い出していたせいかもしれません。
因みにこのスーサイド。600年を経てもまだ健在のようなので、もしかしたら今後再登場することもあるかも・・・!?
かれんオウガ
空手の師匠から、己自身と向き合うために一人で山にこもって来い、と言われた火燐。身一つで山に向かうも、行く先々で謎の金髪のおねーさんたちに助けてもらう。果たして彼女は自分と向き合うことができるのか?
タイトルの「オウガ」とは「鬼」のこと。誰のことを指しているのかは上記のあらすじでバレバレだからいいとして、最強肉弾戦ガールに名を連ねる彼女ですが、山に篭ろうというのに普通にコンビニがあるかもとか考えてる事がちょいちょい甘いのは、現代っ子というより火燐ちゃんがアフォの子だからだろうか。
このお話はちょっと最後のオチの意味がわかりませんでした。行く先々で色々な年齢の姿となり助けてくれた忍ですが、霧の中でスズメバチの音にビビり立ち往生する火燐を助けたのは忍じゃないという。なら、霧の中で背中を押してくれたのは一体誰なのか?
現実的な解釈をするなら、火燐の無意識が先程まで助けてくれた女性の声となって、自分で自分自身を導いた、ということになるのでしょうが・・・。いまいち煮え切らないお話でした。
つばさスリーピング
世界中を飛び回り、ようやく忍野メメを見つけた羽川。だが彼を日本に連れて帰るその代償に、蒐集家の彼に今まで出逢った怪異譚を話すことに。まず始めに羽川は、ドイツでかつてキスショットを退治しにやってきたヴァンパイア・ハンター、ドラマツルギーと出逢ったことを話し出す・・・
映画・傷物語でも出番があったドラマツルギーさんと羽川ちゃんのタッグという珍しい話。というか双子の吸血鬼に拉致られるとかどんだけ冒険してんだ羽川ちゃん!!死ぬって!!
簡単なあらすじは、
ドラマツルギーが追っていた双子の吸血鬼を誘き出すための囮となって見事捕まった羽川が、任務に失敗し共に捕まってしまったドラマツルギーの自決用のアイテムを自身に使う。吸血鬼には即死効果があるが、以前腹を抉られて瀕死の重傷を負った時、暦の血=キスショットの眷属の血が体に入っていた羽川が使用する事で、その血が一時的に活性化、ネコではなく吸血鬼と化した羽川が双子を圧倒しピンチを脱する・・・というお話。
実はこのお話に出てくる双子の吸血鬼は、攫った人間を喰うのではなく「人間を縛り付けて二人で交互に体を少しずつもいでいき、どっちの番の時にその人間が死ぬか」という凶悪極まりないゲームをしていました。そしてもう遊べないと知った時、双子の吸血鬼は互いに喰らいあい、自殺してしまいます。
遊べない・娯楽が無い=生きていけない。という話なんでしょうが、このお話もまた、あまりスッキリとしない類の話ではありました。
最後に!
「生きるために何かを食べて殺すこと」という「業」がテーマの3作品でした。吸血鬼ものといえばお約束のテーマ「吸血鬼が人を喰らことは悪なのか?」という、人が生きるために他の動物を殺すように、吸血鬼が人を殺すのは罪になるのか?というストーリーは「屍鬼」を思い出しますね。個人的には罪かどうかなどではなく、結局動物だろうが人間だろうが、「自分が喰われたくなければ、殺されたくなければ、殺られる前に殺るしかない」というだけな気もします。
さて、次巻のタイトルが「撫物語」「結物語」とのことで、どちらが先に出るかは解りませんが、撫子ちゃん関連の話があると・・・これは期待しちゃってもよござんすね!?果たして彼女が漫画家になれるのか、どこまで未来の話が描かれるのか・・・今から楽しみです!
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